「無原罪の御宿り」模写の修復解説・実演授業

ムリーリョ(Bartolome Esteban Perez Murillo, 1617-1682)

「ムリーリョの修復失敗!」という報道を受けて、美術大学の修復保存コースの授業で ムリーリョ 「無原罪の御宿り」模写の修復実演の授業を行いました。

このような残念な修復にならないためには私達は どのように修復に取り組んでいったら良いか、またどういった調査が必要かをお話ししました。

*弊社 修復お預かり作品にムリーリョ「無原罪の御宿り」模写があり、依頼者様の使用許可を頂きました。ご理解とご承諾頂きました事を心よりお礼申し上げます。
こちらの作品も黙示録の記述 「無原罪の御宿り」では 幼い天使たちに囲まれた聖母マリアが、三日月を足下に白い衣を着て青いマントをはおり 天を見上げている描写がされています。


私が留学していたイタリアの修復学校でも1800年代までは修復の専門家ではない者が修復をし、とりかえしのつかない状態になってしまった絵画があったと聞きました。
このためイタリアでは作品を護るための制度が設けられました 。1932年には美術的財産の修復・管理のために Cesare Brandi(チェーザレ・ブランディ)を擁した初めての国立修復機関(I.C.R. ローマ中央修復研究所)が設立されました。その後、修復の取り組みや補彩の方法などが考案されてきました。

1972年には Carta del Restauro(修復憲章)が発表されイタリアの修復概念・基本方針が明確にされています。

現在では修復芸術監督局が修復作品の管理をし、国家資格をもった修復士が仕事をしています。国家資格を得るためには、修復の学校を卒業し、 アシスタント資格を得た後、数年間は国家資格を持っている修復士の元で勉強・仕事をした後に、ようやく 国家 資格試験を受けることができます。(制度は数年ごとに見直されています) 最近では修復の短期コースや一般向けのカルチャーなどもありますが、それでは資格を得ることはできません。


修復理論・倫理・原則に基づいた修復の分野 発表年によって異なります

修復の四大原則(資料保存の原則)

  • オリジナルの尊重(作品のオリジナルを尊重した修復を施すこと)
  • 可逆性(後に再修復する場合にオリジナルにリスクを与えずにやり直せる材料を使用すること)
  • 透明性(どのような材料を用いてどのような処置をしたかという情報・記録を明らかにすること)
  • 安全性・堅牢性(使用する材料の安全性・堅牢性)

修復の四大原則(絵画修復の原則)

補彩材料 image
  • 識別性(修復した箇所補彩箇所が分かるようにすること)
  • 可逆性(後に修復する場合にオリジナルにリスクを与えずにやり直せる材料を使用すること)
  • 適合性(修復に使用する材料は作品に科学・物理的に損傷を与えないものを使用すること)
  • 最少限の処置(必要最少限の処置を行うこと)

こういった修復の原則に基づき、修復理論を学び、修復倫理をもって 、化学的な知識と修復の技術を身につけた修復士が作品を修復しています。
今回はスペインの事例でしたが、日本でも同様に修復士の国家資格はありません。
30年近く仕事をしてきましたので、無残な修復を受けてしまった 作品 、また作家さんに修復を依頼して描き直しになってしまった作品など様々な問題に直面してきました。
日本でも法や資格 制度を設け ること、修復士養成のためにシステマティックにそして十分な実技指導をともなって勉強できる教育機関が必要です 。

またそれ以前の問題として、 修復・保存の分野があり、 専門家が いることを知っていただけたらと思います。
イタリアの美術学校(accademia)では一般の美大生も修復理論の授業が必須科目でした。
そのため 美大出身者・また一般の方でも修復・保存に関して理解のある方が多く、日本でもそのようになることが私の理想のひとつでもあります。

2020.6 上野淑美

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