絵画保存修復スタジオ 株式会社シー・アール・エス

油絵具とアクリル絵具の色材ごとのカビ繁殖比較

2010年6月12日(土)~13日(日)の2日間、岐阜の長良川国際会議場にて開催された「文化財保存修復学会第32回大会」において、共同研究発表を行いました。

【日 時】
2010年6月12日(土)~13日(日)
【主 催】
文化財保存修復学会
【場 所】
長良川国際会議場

【研究発表】

ポスター発表「油絵具とアクリル絵具の色材ごとのカビ繁殖比較」(6月12日 P018)
福田安住((株)エフシージー総合研究所)、上野淑美((株)シー・アール・エス)橋本一浩((株)エフシージー総合研究所)、川上裕司((株)エフシージー総合研究所)

【要 旨】

[はじめに]

筆者らは,カビ被害にあった絵画の検査を数多く手掛けている。カビ検査の経験から,同じ作品の画面であっても塗られている色によって,カビの発生量が異なる傾向があり,特に黒色系の絵具の上にカビが発生する頻度が高いように感じていた。カビの発生は様々な要因によって生じることは周知の事実であるが,今回は油絵具およびアクリル絵具と4種のカビの発育の関係性に的を絞り,実験を行った。絵画の劣化に関わるカビ(絵画のstainや紙作品のfoxingの起因菌)がどの絵具で発育しやすいかについての比較は,作品の保存管理における防カビ対策の基礎資料となると考え,その実験結果について報告する。

[材料および方法]

試験材料:54mm四方に切ったキャンバスに,油絵具とアクリル絵具のそれぞれについて黄色や赤色などの「有色系9色」,黒色や茶色の「黒色系9色」を1色につき18mm四方にタイル状に塗ったものをテストピースとした。尚,テストピースは,約6カ月間室内の窓際に置いて自然乾燥させてから試験に用いた。

図.1 有色系テストピース表面
有色系テストピース表面

図.2 テストピース裏面
テストピース裏面

供試菌:Aspergillus penicillioides(NBRC100539),A. restrictus(NBRC31385),Eurotium herbariorum(NBRC33235),E. chevalieri(NBRC5233)の4種とした。これらの糸状菌は紙作品のfoxingや絵画作品のstainの原因菌,またはその可能性の高い菌種であり,乾燥に強く,美術館や博物館などの比較的乾燥した環境中からも良く分離される。

  アクリル絵具  油絵具 
  有色系 黒色系  有色系  黒色系 
1 Naphthol Crimson Sepia Crimson Lake  Sepia
2 Burnt Sienna Burnt Umber Burnt Sienna Burnt Umber
3 Cadmium Red Medium Raw Umber Cadmium Red Middle Raw Umber
4 Indian Yellow Carbon Black Indian Yellow Peach Black
5 Titanium White Ivory Black Titanium White Ivory Black
6 Cadmium Yellow Medium Bone Black Cadmium Yellow Deep Blue Black 
7 Prussian Blue Jet Black Prussian Blue Oxide Black
8 Ivory Black Mars Black Ivory Black Mars Black
9 Cobalt Blue Lamp Black Cobalt Blue Deep Lamp Black

自然乾燥後のテストピースを滅菌した金網にステンレスのステープラーで固定し,表面・裏面ともにUV灯を照射して滅菌した後,滅菌シャーレに入れた。供試菌はそれぞれ斜面培地で培養後,リン酸緩衝生理食塩水に胞子を懸濁し,胞子数が106になるように調整して菌液とした。菌液をテストピースの各色の上に100μℓ滴下,温度25℃・湿度90%R.H.に保った恒温恒湿器で5週間培養した。そして,1週間毎にカビの発育状況を観察した。発育程度の判定は,カビ抵抗性試験方法(JIS Z2911:2000)の工学部品・工学機器の試験における試験結果の5段階評価による表示方法を採用した。

カビ抵抗性 菌糸の発育面積  発育程度 
0 0% 試料にカビは発生していない。 
1 0~10%未満  カビの発生はまばらか、又は限定されている(こん跡) 
2 10~30%未満  試料表面にカビの集落が間欠的又はまばらに伸びている (裸眼で見える) 
3 30~70%未満  カビの発生量は多い(容易に見える) 
4 70%以上  大量のカビが発育 

[結果と考察]

アクリル絵具では,E. chevalieriとA. restrictusについては実験期間中どの色でも発育しなかった。A. penicillioidesは主に黒色系の絵具でわずかに成長(判定1)がみられた。また,E. herbariorumは4種類のカビの中で最も成長した(判定2~4)。

油絵具では,A. restrictusを除いた3菌種で実験開始直後から著しい発育がみられた(判定3~4)。

菌種別に最も著しく発育した色は,A. penicillioidesに対してはアクリル絵具ではCobalt Blue及びLamp Black,油絵具ではPrussian Blueと判定された。E. herbariorumに対してはアクリル絵具ではLamp Black,油絵具ではPrussian Blue。E. chevalieriに対してはアクリル絵具では該当無し,油絵具ではRaw Umber。A. restrictusに対してはアクリル絵具では該当無し,油絵具ではBlue Blackという判定結果になった。

菌種に関係なくカビの発育しやすい色を各色の5段階評価の合計の平均で比較してみると,アクリル絵具ではLamp Black,油絵具ではRaw Umberがそれぞれ最もカビが発育した(判定3~4)。

絵具によって菌液の吸収性が異なり,すぐ菌液を吸収する絵具(Crimson Lakeなど)と長時間表面に菌液が溜まっている絵具(Burnt Siennaなど)があった。後者では,絵具自体ではなく菌液中でカビが成長した。この場合,厳密には絵具上でカビが発生したとは言えないかもしれない。しかしながら,保存環境中で生じた結露が作品のカビ発生の要因である場合,水分を吸収しにくい絵具の表面には水滴が長時間溜まることによってそこにカビが付着し,成長していくことが想定されるので,発育判定評価の対象とした。

今回の観察で,カビは培養後1~2週間で急速に発育し,その後は発育スピードが落ちる傾向が見られた。この結果から,絵画に生えるカビは局所的な結露などの環境変化によって急速に発育し,その後定着するのではないかと推察する。また,アクリル絵具では有色系に比べ,黒色系にカビの発育が多く見られた。油絵具も菌種によっては有色系に多く発育したが,全体的には黒色系で発育が顕著であった。当初はカビの栄養源となるリン酸カルシウムを含む動物骨灰を原料とする絵具での発育が最もよいと考えたが,実験からアクリル絵具では煤(油煙)を原料としたもの,油絵具では土または酸化鉄を原料とした絵具で盛んに発育する傾向にあったことが興味深い結果である。