「補彩」

イタリアでは絵具の欠損部分に施される補彩方法のひとつに線描の補彩がある。

1981年にOpifficio delle Pietredure di Fireze(フィレンツェ国立貴石研究所)のUmberto BardiniとOrnellaCasazzaにより発表されたこの線描の補彩は「オリジナルの箇所と見分けのつかなくなる全ての付加(補彩)を排除するという原則に基づいて考案された。

これは欠損部分の形や色彩が再現可能な箇所には「Selezione Cromatica」という技法を用い、再現不可能な箇所には「Astrazione Cromatica」を用いるという方法である。両者とも充填材上に混色しない絵具を用いた線で補彩する方法でイタリアの古典絵画やフレスコ画の構造には適した技法である。線描の補彩は近接距離では肉眼でも補彩部分が容易に識別可能であり作品の鑑賞距離からは線は調和し鑑賞の妨げにならないものでなければいけないと定義されている。後者の「Astrazione Cromatica」は欠損部分の形が再現できない場合に施されるもので線を交差させて形を再現しない抽象的な色調のみの補彩である。鑑賞距離からは欠損の周囲の色の中間色に見える。

2007年の文化財保存修復学会で「イタリアにおける補彩と学校教育」というタイトルで発表をした時に、会場で紙作品(表具や掛け軸など)の修復をされている方にこの中間色の補彩の考え方は日本の紙作品の補彩の考えと似ていますね」と声をかけていただいた。

確かに日本では経年で変化した本紙の色に合わせた紙で繕う方法や、線ではないが中間的な色彩で補彩を施す方法がある。線描というイタリアの特殊な方法と日本の古典的な修復方法とはかけ離れたイメージを持っていたがどちらもオリジナルを尊重するという原則に基づいて考えられた方法である以上、補彩(修復処置)に求めた答えは同じものだったのかもしれない。古い文化と歴史をもった西洋の洋画修復と日本の紙作品の修復を比較することも興味深いと考えている。

2010.6 上野 淑美

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